ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

復活の体の希望 Hope for our resurrected body
2021-04-11
復活の体の希望 Hope fo...

2021年4月11日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ


先週は復活祭でしたね。
最近は色々と体や、身体のもろさ、はかなさ、死と命の距離の短さなんて言うことを考えさせられていました。今日は、その体について焦点を当ててみたいと思います。キリストは復活なさいました。

★初穂としての復活 Resurrection as a Firstfruit

ⅠコリントCorinthians 15:20-22
20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
21 死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。
22 アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。 But Christ has indeed been raised from the dead, the firstfruits of those who have fallen asleep. 21 For since death came through a man, the resurrection of the dead comes also through a man. 22 For as in Adam all die, so in Christ all will be made alive.

初めの人アダムは土から造られ、肉体を持った人の第一号となりました。この体は神さまと繋がっている限り死なないようにできていました。
しかし、罪が入って死ぬようになりました。すなわち土に帰るようになりました、
すなわち、朽ちてしまい土と同化してしまうのです。
イエス様は初穂として復活されました。これは初穂というからには初めての事なのです。
イエス様はラザロを蘇生させたり、聖書の中でも蘇生させられた人は何人かいますが、イエス様の復活の体とは違い、彼らの体は生き返ってもまた朽ちる体で生き返っていたのです。
イエス様が初穂と言うことは、それに続く人たちがいるということ、すなわち、私達もイエス様と同じような復活の体が頂けると言うことになります。

★コリント人のマインドセットA Mindset among Corinthians
コリント人たちは霊的には賜物に優れていましたが、非常に教えにおいて混乱していました。
体の理解についても、グノーシスに影響され、霊は善、肉はつまらないものとして認識されており、イエス様の復活の意味や必要性、がずいぶん下に見られていました。その真理がグノーシスの考えに浸食されていたのです。それでパウロは断固として強く時間をかけて説明しているのです。またヨハネも、私たちの見聞きして触ったイエス様を強調していました。それは、同じ理由からです。

私達現代のクリスチャンもよくよく注意しないといけません。いつの間にか、私たちの体が霊以下、魂以下のような扱いをしてはいないでしょうか。霊ばかり強調して、体のケアなどはおろそかになりがちというのも、霊肉魂が切り離せないほどに統合されているのが人間であることを忘れています。トラウマの癒しに従事しているとこの事実を忘れては治療ができません。

★キリストの復活の体Christ’s resurrected body
では、キリストの復活後体はどんなものだったのでしょうか。
キリストは復活後、天に帰られるまで、四十日間現れて多くの人達に生きている体で接されました。
各福音書に記されていますが、
●まず私たちの体と同じ体の特徴はOur body/Earthly body
①触れることが出来た。女たちもイエス様にすがりつきました。トマスも指を胸の傷に手を差し込みました。私達と同じように傷がありました。
②ものを食べることが出来た。イエス様は弟子たちに朝ご飯をふるまい魚を一緒に食べているシーンもあります。
③イエス様であると認識が出来る姿である。地上の特徴そのまま。

●私達と違っている点は、Christ’s resurrected body/Heavenly body
①物を通り抜けることが出来た。ドアをあけずに部屋に入られるシーん。
②瞬間移動が出来た
③空にそのまま上がって天へ移動された

聖書に復活の体、天的な体のことを「栄光の体」と表現されますが、まさにイエス様の復活後の体は栄光の体であり、地上の朽ちる私たちの体の特徴と、天的な超自然的な特徴を両方兼ね備えたものであるようです。そして、イエス様はその栄光の体で天に帰られ、御父の右の座におられるのです。

●傷について Wounds
イエス様は脇腹の傷が、手術や塗ったり手当しないで、傷跡がぱっくりあいたままで癒されていました。私は、ここにとても励ましと慰めを感じるのです。私たちの傷も、痛みも、苦しみも栄光の体に含まれている、栄光に飲み込まれるのです。弱さが栄光に文字通り変革するのです。

★朽ちるものから朽ちないものへ変革Transformed from perishable to imperishable
それについての聖句を見てみましょう。
1コリントCorinthians15:35-54 を開きましょう。長いので、後でご自分でお読みください。ここでは、
今日は、42-51節だけを読んでみましょう。パウロが復活の体の重要性について熱く語っています。

35 ところが、ある人はこう言うでしょう。「死者は、どのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか。」36 愚かな人だ。あなたの蒔く物は、死ななければ、生かされません。37 あなたが蒔く物は、後にできるからだではなく、麦やそのほかの穀物の種粒です。38 しかし神は、みこころに従って、それにからだを与え、おのおのの種にそれぞれのからだをお与えになります。39 すべての肉が同じではなく、人間の肉もあり、獣の肉もあり、鳥の肉もあり、魚の肉もあります。40 また、天上のからだもあり、地上のからだもあり、天上のからだの栄光と地上のからだの栄光とは異なっており、41 太陽の栄光もあり、月の栄光もあり、星の栄光もあります。個々の星によって栄光が違います。

42 死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、43 卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、44 血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。45 聖書に「最初の人アダムは生きた者となった」と書いてありますが、最後のアダムは、生かす御霊となりました。46 最初にあったのは血肉のものであり、御霊のものではありません。御霊のものはあとに来るのです。47 第一の人は地から出て、土で造られた者ですが、第二の人は天から出た者です。48 土で造られた者はみな、この土で造られた者に似ており、天からの者はみな、この天から出た者に似ているのです。49 私たちは土で造られた者のかたを持っていたように、天上のかたちをも持つのです。50 兄弟たちよ。私はこのことを言っておきます。血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません。51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。

52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。53 朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた」としるされている、みことばが実現します。55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

★キリストの復活を信じる Believing in Christ’s resurrection
キリスト教は、変革から始まり、信仰生活の中で日々変革し、そして、死を経て、またキリストと出会うことで、天的なものと融合するという永遠の変革に入ります。
業でも、頭の学びでもなく、私達に必要なことは、
イエス・キリストを信じることであり、それは復活を信じることも含まれます。
肉、地上の体は悪ではありません、また霊よりも劣ってるのでもありません。体があるので苦しみますし、痛みを感じます。しかし、身体があるから霊が宿ることができ、人とともに食べ、喜び、共に泣き、互いに優しくできるのです。
神はキリストによって完全に、地と天を一つにしてくださいました。あなたの体が大切なんです。

私達は、傷があってもそれが栄光に含まれ、あなたらしさというユニークさを保ちながら、イエス様の復活の体のような霊的な部分とこの地上的な肉体の両方を兼ね備えた形で永遠に神様と兄弟姉妹と過ごすようになるのです。
ここに希望を置いていきましょう。


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