ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

キリスト者の標準
2021-03-07
キリスト者の標準

2021年3月7日日曜日バイリンガル礼拝 子供のお話は、マックスルケードの「君はすばらしい」より。


今週、バイブルスタディでも、シェルターでも同じテーマが出てきたので、神様がかたっていらっしゃると思いました。

★良いクリスチャン? Who is a good Christian?

さて、みなさん、良いクリスチャンってどんなクリスチャンだと思いますか?
少し一緒に考えてみましょう。
よくお祈りをする。霊的である。伝道熱心。チャリティ熱心。良いことをする。善行。人を助ける。聖書の言葉をよく知っている。
あんな人でもクリスチャンなんですか? と言われないようにする。
例えば私のシェルターなら、中毒から解放されている。自制がある。日々、自己鍛錬をしている。などなど。。。。たくさん出てくると思います。

なんとなく、ざっと挙げたこの項目の中でも、やはり、何かを頑張ってしている感が否めませんね。

さて、キリスト教ってそういう教えだったのでしょうか。

★私達のもがき Our battle

私達がすぐにぶち当たるのは、「できない」です。そして、真剣に取り組めば取り組むほどに、不可能が立ちはだかります。まるでパウロが例にしてあげている、結婚関係のようです。

例) ダイエット
最近、リズさんがエリックに進めてくれたヌームが効果を発しているようで、それは、単純な食べちゃだめっ、いや食べたい、の心の葛藤を軽減することによって、考えを通して痩せていくプログラムだそうです。なるほど、いいやり方です。とにかく、私たちは、肉に戦いを挑んだら負けるのです。。。

この負けるしかない状態に勝つためにはこれしかないと、パウロは例を出して話します。

ロマRomans 7:2
2 夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。For the woman who has a husband is bound by the law to her husband as long as he lives. But if the husband dies, she is released from the law of her husband.

悪い夫がいて、どうしても別れたいがそれは許されていない。そうすれば、そこから解放されるのには、どちらかが死ぬしかない、ということ。

ロマRomans 7:5-6
5 私たちが肉にあったときは、律法による数々の罪の欲情が私たちのからだの中に働いていて、死のために実を結びました。6 しかし、今は、私たちは自分を捕らえていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。For when we were in the flesh, the sinful passions which were aroused by the law were at work in our members to bear fruit to death. 6 But now we have been delivered from the law, having died to what we were held by, so that we should serve in the newness of the Spirit and not in the oldness of the letter.

私達が、肉にあるなら、必ず罪に従わなければならないというような重力が働き、それの反対をしようとすることにとても摩擦と労力を要します。
しかし、その肉が死んだなら、私たちは、同時に私達をおいつめる、「ねばならない」の律法の力からも解放されるのです。

★もがきを体験している人は幸いです。Blessed to be in a battle

ロマRomans 7:24
24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。O wretched man that I am! Who will deliver me from this body of death?
(善をしたいけどできない自分、もがいても励んでも、自分の肉の性質を一掃できない)

私達は、「できない」から解放されるには、これに到達する必要があります。どんな人も、どんな境遇の人も、ドラック中毒者も何も中毒が無い人でも、みんなここに行く必要があります。

★命を産み出す死 Death produces life

死ななきゃ治らない。死ななきゃ解放がない。そこで、イエス様の十字架の死が初めてあなたに意味を持つようになるのです。この、繰り返すもがき苦しみはあの十字架で死んだ。と言うことを受け取るのです。そして、罪に引っ張る罪が宿る肉が死んだので、今度は、霊が生きるのです。この霊に従うなら、律法の要求は満たされるのです。

ロマRomans 8:1-4
1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです。There is therefore now no condemnation to those who are in Christ Jesus, who[a] do not walk according to the flesh, but according to the Spirit. 2 For the law of the Spirit of life in Christ Jesus has made me free from the law of sin and death. 3 For what the law could not do in that it was weak through the flesh, God did by sending His own Son in the likeness of sinful flesh, on account of sin: He condemned sin in the flesh, 4 that the righteous requirement of the law might be fulfilled in us who do not walk according to the flesh but according to the Spirit.


★私たちの目指すところ。Our Goal

ロマRomans 8:14-17  
14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光とをともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。14 For as many as are led by the Spirit of God, these are sons of God. 15 For you did not receive the spirit of bondage again to fear, but you received the Spirit of adoption by whom we cry out, “Abba, Father.” 16 The Spirit Himself bears witness with our spirit that we are children of God, 17 and if children, then heirs—heirs of God and joint heirs with Christ, if indeed we suffer with Him, that we may also be glorified together. 

★Doing vs Being

私達は、肉と格闘することを選ぶことで、今ある道に打ち勝つのではありません。むしろ、肉は死んだと認めるのです。
そして、Doing を追求するのではなく、Being を追求する時に、あなたは解放の中を歩み、そして、霊に従うことができるのです。
これは、キリスト者の標準であり、あらゆる課題のマスターキーです。解放の鍵です。

そして、何度も通るドアです。私達は肉を持っている存在ですから、絶えずそちらに引っ張られます。そのたびに、ああ、私はDoing に引っ張られている。私は誰だったか。。。そう、神の子供、Being に戻る時に解放が来ます。

Doing にこだわっている時は、一所懸命伝道しようとしても、空回りして、どんなにみ言葉を引用して説明しても、キリストのメッセージが相手に伝わらない。しかし、Being にとどまり、子であることを楽しみ感謝し、力や自分の能力にこだわらないならば、相手の方から、キリストについて教えて欲しいと聞かれるようになる。。。

みなさん、世の中はDoing の法則で満ちているんです。しかし、クリスチャンにはBeing の世界がある。休みがある。子としての安堵がある。そこに、世は魅力を感じるのです。

今週、神の子であることに休みを得ましょう。また、もがいている人は、感謝です。主の十字架の意味にいて黙想して行きましょう。


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