ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

キリストを通してでなければ
2021-02-16
キリストを通してでなければ

2021年1月24日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ



ヨハネJohn14:1-7
1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。
2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。4 わたしの行く道はあなたがたも知っています。
5 トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」

まだイエス様を信じてなくて、迷っている人によく聞かれるのは、なぜイエス様じゃないといけないのですか?なぜ、慈悲深い神ならば、だれでもどんな方法でも救ってくれたらいいのではないですか?と言います。私たちは、自分たちの心の中の葛藤を投影し、独自の解放策を頭で作りだすものです。ただ、私達には何が放蕩の解放策かということを知らないのです。救いは、人の考えによらないからです。人が考え出すの救いの策が宗教です。しかし、イエス様はむしろ宗教を壊しに来られました。もっとパワフルなものを私たちに与えるために。
しかし、この聖書の箇所で分かるように弟子たちも迷っていました。

★心が騒ぐ時 When you are anxious
イエス様は、この前に、ご自分が去って行かれること、これから起きる苦しみについて弟子たちに話していました。弟子たちの頭は混乱しました。今まで全てを捨ててついてきたイエス様がいなくなる。苦しみ? 心が騒いで仕方がありませんでした。イエス様はローマ帝国を倒せずに捕まるのだろうか。。。と不安になったのです。
私達も、先に試練が来ることを察知する時に、心が騒いで頭で何も考えられなくなることが多いですね。落ち着いて、今までのイエス様のメッセージを思い出したり、出来ればいいのですが、同様してしまって、恐れに飲み込まれてしまいます。
そんな時、イエス様は、はっきりと、恐れや疑いに対して対処法を示しています。
それは、
神を信じ、またイエス様を信じることです。

以前にも言いましたが、私たちの脳には恐れと信頼は両立しないのです。恐れる時に恐れが頭を乗っ取ってしまう。また、疑い恐れは、信仰の反対方向に同じ働きをする。すなわち、まだ見ていない事を起きたと信じることであり、私たちは信じたとおりに自己と人生を形成してしまうのです。

イエス様は、はっきり、あなたに、
神を信じ、またわたしを信じない。とおっしゃられます。

★場所を備えにPreparing the place
というのも、神、イエス様は、ご自分のしておられることを知っておられるからです。なるほど、私達も結末を知っていたら、恐れることはないのだと思います。ハリウッド映画も、最後にハッピーエンドが来るからどんな過激な戦いのシーンでも安心して観られます。分かっているのです、最後に正義が勝つと。

神は、ご計画を持って、全てを導いておられます。たとえ、悪が一瞬勝つように見えても。イエス様は、捕まえられ、裁判にかけられ、文字通り苦しまれたし、それを見ると負けているように見えますね。
しかし、イエス様は、これを
私たちのために場所を備えにいく。と言われました。
どんな場所でしょうか。
それは、イエス様がもともとおられる場所。わたしがいるところにあなた方をおらせるために、イエス様は、ここから起きてくる苦しみに立ち向かわれるのです。
最終的には天国です。

それをはっきりと知ってい、神を信頼していたら、弟子たちは、心を騒がすどころか、祈り深く、信じ、神妙に待ったのではないでしょうか。

★わたしの行く道 The Way
イエス様は、V4わたしの行く道はあなたがたも知っていますYou know the way to the place where I am goingといいますが、トマスは言います、どこですか、どうやってその道が分かりますか?と聞き返します。Thomas said to him, “Lord, we don’t know where you are going, so how can we know the way?”

イエス様がどこに行くのか?
私たちがどこに行くのか?
どうやって行くのか?
この三つが分からないと、トマスはいいます。
確かに、まだイエス様と個人的に出会っていない人の質問はこのようです。
〇死後どこにいくのか?天国はあるのか?または、苦しみからの解放はあるのか?天国にはどうやったらいけるのか?
これは人類共通の質問です。

★わたしは道、真理、いのちI am the way and the truth and the life.
イエス様は答えられます。その答えは、イエス・キリストであると。
イエス様が道であり、真理であり、いのちであると。
すなわち、イエス様が天国にたどり着くための道である。ですから、イエス様について行ったら、いいのです。イエス様に注目していたらいいのです。また天国にたどりつく方法、真理、であります。どのようにして、というのは、イエス様です。真理、すなわち救いの方法はこの真理に限ります。罪の無いお方が、完全な神であり、人であられるイエス様が私の罪の身代わりとなってその刑罰を受けられる、これが真理です。これが、どのようにしてです。これを信じるなら救われるのです。宗教をやって救いに至るのではありません。イエス様を信じることが救いです。
また、イエス様は、いのちであると言われました。イエス様を信じることが私たちのいのちであります。私たちは、元気を失ったり、心配したり恐れたり、して、生きた心地というものを忘れることがあります。しかし、イエス様に繋がる時には、いのちが心にあふれ、元気になります。また希望がでます。そして、さらに道であるイエス様に従う活力をいただけます。そのいのちは永遠に続きます。
私たちは死んでも死なないのです。
私も今週、イエス様の命を毎日体験させてもらいました。祈りが効かれるのです。小さないのりです。仕事に神の助けがあるように祈りますと、本当に助けが与えられます。短時間で物事を終わらせることが出来ました。本当に、それを感謝するときにいのちがまた溢れます。

★排他的?Exclusive?
V6わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。No one comes to the Father except through me.
キリスト教は排他的であるという人たちがいます。しかし、他の宗教も排他的です。いろいろな宗教があります、しかし、いい人になれたり、毎日いい気分になれたり、人生が成功しても、救いの確信と日々の力はキリスト以外に誰も与えることはできません。

★父を見た Seeing Father God
イエス様は、わたしを見たならすでに父を見てる。と言いました。その後、ピリポは見せてください信じるからと言います。
見えない神は、肉をとってきてくださった、キリストに具現されました。キリストの行動、発言に全て表されています。
そして、自分の見たいように見せてくれたら信じるというのは、もはや信仰ではありません。

ヘブルHebrew11:1
信仰は望んでいる事がらを保障し、目に見えないものを確信させるものです。Now faith is the substance of things hoped for, the evidence of things not seen.

ヘブルHebrew11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。 But without faith it is impossible to please Him, for he who comes to God must believe that He is, and that He is a rewarder of those who diligently seek Him.

見たいように見せろという要求に気をつけてください。
私たちも伝道する時に、その質問に踊らされる必要はありません。

ただ、イエス様が言われるように、父が私におられ、私が父におられる、信じられないなら、私の業を見てみなさい。と。

★今私達がすべきことWhat do we do?
私達クリスチャンも、自分の足でたち、父の業をすることを今日チャレンジさてれいます。神は目に見えない。しかし、その方に従うものの内におられる。あなたが、神の手紙です。あなたの行い、言動によって人は神を知るのです。
神学論争で勝つことではない。神の愛を態度で示すことです。

天国までの道を、恐れず、とまどわず、キリストから目を離さないで行きましょう。


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