ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

赦すこと
2020-09-02
赦すこと

2020年8月30日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ


作家、三浦綾子さんが言った言葉にとても印象的な言葉があります。赦せない人を赦すのが赦しであると。頭をがつんと殴られたような気がしたものでした。
赦せない、というのにも理由があるはずです。ひどいことをされた。あり得ないことが起きた。または、繰り返し起きていする。なんていう事だってあるでしょう。
私達は、義を見たいという願いが心の奥底に神様から植えられています。神の似姿に造られている者たちですから。。。
考えてみてください。私達の神は、義なる神です。赦し、というのは言わずもがな、非常に難しいことです。しかし、赦しというものは、非常にパワフルなものです。というのも、聖書に、

ヨハネJohn 20:23
あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」If you forgive anyone’s sins, their sins are forgiven; if you do not forgive them, they are not forgiven.”
と、あるからです。これは、重大な働きを私たちは任されたものです。

★赦すのが難しい理由
赦さないといけない時にも、赦す時にも、両方言えることです。

①心の痛み Pain---- 人にされたことで感情がおさまらない。長い時間がたったとしても、その感情が消化されてない場合に、似た人を見たら恐れを持ったり、身体が硬直するなど、問題が出てきます。また、自分がした場合、赦しを受けてない時には、いつまでも、罪悪感や恥が自分をなやまし、自分を責め続け、赦せないという事にもなります。
赦しの実行のためには、この感情が消化される必要があります。

②義の問題 Righteousness/Justice――罰を受けるのを見たい、仕返しがしたい、相手が同じ苦しみを受けて欲しい。
人は、何らかの裁き、解決、改善を見たいと思います。された方は、義の裁きが相手に来ることを求めますし、した方には、裁きを受けることをいとわない勇気が、赦しを乞う時には求められます。
赦しのためには、この義の問題を神様にお任せする必要が出てきます。すなわち、復讐は私のすることである、と言われる、イエス様に全てお委ねすることです。また、そのイエス様に赦しを乞うことです。

③自分の心・意思が固い Hardened heart――なぜ赦すか、赦されたいかというと、最終的に、人間関係において回復を見たいからです。赦さない心は、直接問題のあった本人の間だけではなく、様々な人間関係に障害をもたらすものです。行動パターン、人間関係の持ち方のバターンに影響が出るからです。

●虐待の場合Case of Abuse …継続的ないじめの場合は、いつも言うことですが、すぐにその人から逃げてください。赦すことと、相手の元に帰り従順することとは違います。
人間関係は、相手の有ることですから、相手が引き続き、あなたをいじめるならば、距離を置かなければなりません。心で赦して、距離を取ることは、赦していないことにはなりません。人間関係は、双方の合意が必要になりますから。

人と関わり続けたい、健康な人間関係、愛を求めている人は、必ず癒しの働きに加わります。愛さない人は、赦しの働きをやめてしまいます。

赦しについて有名な聖書の箇所を読んでみましょう。

★何回赦すのかより、あなたの心 The Law or Your heart?
マタイMatt. 18:21-35 
そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」22 イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。23 このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。24 清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。25 しかし、彼は返済することができなかったので、その主人は彼に、自分も妻子も持ち物全部も売って返済するように命じた。26 それで、このしもべは、主人の前にひれ伏して、『どうかご猶予ください。そうすれば全部お払いいたします』と言った。27 しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。28 ところが、このしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ』と言った。29 彼の仲間は、ひれ伏して、『もう少し待ってくれ。そうしたら返すから』と言って頼んだ。30 しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。31 彼の仲間たちは事の成り行きを見て、非常に悲しみ、行って、その一部始終を主人に話した。32 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。33 私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』34 こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。35 あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」

★弟子たちの質問 Questions from Desciples
私達は、ルールにものすごく敏感です。というのも、これさえしていれば、安心だ、状況をコントロールできるからです。弟子たちも、“何回”赦せばいいのですか、というような質問をしている。私達も、そのような質問をするのではないでしようか。
七を七十倍。。。すなわち、完全にと、イエス様は言われ、この例話をしました。

★例話の中で、自分に少ない借りがある人を赦せなかったことが問題となった
この男はそのことで牢屋に入れられてしまいました。すなわち、外の人たちと愛の人間関係を持つという、自由を失ったのです。孤独となりました。

★焦点Focus
私達も、赦す赦さない、何をされたか、取り戻したい、または、赦するが難しい、というもがきの感情にさえ集中しすぎるなら、私達をさらにがんじがらめにされてしまうのかも知れません。

★負債が赦された男 a forgiven man
この男は、王に借りがありました。額は一万タラント。現在のお金で億です。当時の価値にしたらもっとあるでしょうか。その多額の借金。それは、私たちの、罪に当たります。罪は、誰かがその代価を払って償わなければ赦されません。ちょうど借金のように、です。

★支払いが不可能
この男は、一生かけても、全てを手放してもまだ、完全に返済できないことに、気が付きました。どうやっても無理なのです。それで、王にお願いしました。
王は、「可哀そうに思い」憐れみと恵みの故にそれを帳消しにしてくれたのです。

驚くべき恵みです。こんなことは、めったに人間界で起きることはありません。
詩篇Psalms 49: 8
たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならない。
the ransom for a life is costly, no payment is ever enough

神の子、イエス・キリストの払われた代価によってのみ、私たちは、赦されるのです。
あなたは、キリストによって、赦されていのるです。

★神の前に謙遜な心が焦点 Humility before God is your focus
自分の罪の重みが分からないと
自分の赦しのありがたさ、イエス様のすばらしさが分からないと
赦しができない。
高慢になってしまう。
謙遜であることが無ければ、赦しが分からない。
焦点は、ここ、あなたの心にあるのです。

★アーミッシュの赦しのお話し:私がアメリカに来たころ、2006年に話題になっていたペンシルバニアで起きた出来事がありました。それは、クリスチャンを狙った人質銃撃事件でした。五人の少女たちが命を落とし、五人が怪我をしました。なんとも、自分勝手で、卑劣な事件でした。しかし、世の中を揺さぶる出来事がありました。それは、このアーミッシュ(クリスチャン)が犯人を赦したことでした。この行動を「不相応な赦し」として愚かだという人たちもいました。また、これぞ、キリスト教と言われ、世界中でニュースとなりました。なんと、海外から、イスラム教の人たちから尊敬の手紙がぞくぞくと届きました。アーミッシュは、相手をゆるすことで、平和をつくりました。
パワフルな出来事です。
赦すことは簡単ではありません。しかし、「不相応な赦し」を受けたのは、この犯人だけではありません。この私もキリストに「不相応な赦し」を受けたものなのです。
赦しを受けたものとして、また人も赦すのがクリスチャンの務めです。

Let us abide in God’s love and forgiveness ---- Key
For promoting love.
Satan promotes hate, God always promotes love.


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