ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

主と一つに Becoming One with the Lord
2019-02-20
礼拝後雪が降りだして、子供たち...

礼拝後雪が降りだして、子供たちは外にーーーーー

寒くて積もった雪はしばらくのこ...

寒くて積もった雪はしばらくのこりました。エリックがシアトルセンターをお散歩中。

2019年2月10日日曜日バイリンガル礼拝


みなさん、こんにちは。最近、よく考えさせられていることがあります。それは、「一つになること」です。聖書を読んでいると、いかにこのコンセプトが多いことか、と思います。また、私たちの日々の生活でも、特に結婚生活では、いかに一つになるかが重要になってきます。まぁ、エリックとも良くも悪くも一つになってきて、「あらー、長いこと一緒にいたんだなー」なんて、冗談を言うこともあります。結婚は、イエス様と教会の型でもあります。私たちは、どのようにイエス様と一つになっているでしょうか。

★信仰によって By Faith

咀嚼して一つとなる。By chewing and digesting

ヨハネ6:55-56
わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。For my flesh is real food and my blood is real drink. 56 Whoever eats my flesh and drinks my blood remains in me, and I in them.

イエス様は、この六章の文脈の中でご自分をいのちのパンであるとおっしゃいました。肉と血は、イエス様の十字架の上で裂かれた肉、流された血のことです。聖餐式を思い出してください。これをいただいて、文字通り自分の身体の中にいれるなら、イエス様の内にとどまり、イエス様も私の中にとどまるようになるというのです。この私たちを永遠に生かす、いのちのパンは、信仰によって食べるのです。そして咀嚼し、自分の身体のための栄養とし、そして、今度は私たちの血となり肉となるのです。私たちとイエス様はこのようにして一体となるのです。

★とどまることによって By Remaining

ヨハネ15:5
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。“I am the vine; you are the branches. If you remain in me and I in you, you will bear much fruit; apart from me you can do nothing.

ブドウの木は、つるです。リンゴの木のように枝と幹に分かれてません。リンゴの木のようだと、私たちは太い部分がイエス様で細いところが私かなー何て思うのですが、ブドウはつるですから、どこからどこまでがイエス様で、どこからどこまでが私か、見分けがつかないのです。それほど一体化しているのです。

とどまる= キリストの中に宿る、住む

キリストの内に住み、キリストが私のうちに住んでいるなら、私たちは多くの実を結ぶというのです。私たちはみな、実りの多い人生、有意義な人生、意味のある人生、また周りの人を祝福する人生を送りたいと願っているのではないでしょうか。私たちは、キリストを離れては、そんなことはできないのです。

★みことばにとどまる=愛にとどまる Remaining in word = Remaining in Love

ヨハネ15:7-10
あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。8 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。10 もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。If you remain in me and my words remain in you, ask whatever you wish, and it will be done for you. 8 This is to my Father’s glory, that you bear much fruit, showing yourselves to be my disciples. 9 “As the Father has loved me, so have I loved you. Now remain in my love. 10 If you keep my commands, you will remain in my love, just as I have kept my Father’s commands and remain in his love.

私たちは、み言葉、戒めを守るとなると、ちょっと緊張するかも知れません。しかし、こう考えてみてください。あなたと神様は愛の関係の中にいます。互いに愛し合い、尊敬しあっているのです。神様が嫌うことをしたいと思うでしょうか? 私と夫の関係の中でも、わざわざ夫の嫌がることを私は選んですることはありません。うっかりはあるかも知れませんが。。。愛にとどまっていれば、私たちは、自然にみ言葉に従いたくなるのです。神の戒めを守りたくなるものなのです。
愛というものは、決断が伴います。とどまることは、あなたの決断を要します。何となく、ではなく、自分の意志によって愛するのです。

★主よ主よではなく、御心を行うもの

マタイ7:21
わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。“Not everyone who says to me, ‘Lord, Lord,’ will enter the kingdom of heaven, but only the one who does the will of my Father who is in heaven.

私がまだクリスチャンではない時に、クリスチャンでどんな人だろうとよくよく注目していました。特徴は、とても優しい、そして、芯が強い。揺るがない。そして、強い新年を持っている。上品。という特徴を見ていました。また、自分がクリスチャンになりたての頃、よく家族から、そうでないことでつつかれたものです。。。また、自分がまだ若い信仰の時には、まだまだイエス様の深い愛についてもあまり咀嚼できてなかったです。咀嚼して、完全に自分の体験として、自分の血となり肉とはなっていませんでした。頭の中の知識でした。

★行いの無い信仰は死んだ信仰 No deed, No faith

ヤコブ2:14-17
14 私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。15 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、16 あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。17 それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは死んだものです。14 What good is it, my brothers and sisters, if someone claims to have faith but has no deeds? Can such faith save them? 15 Suppose a brother or a sister is without clothes and daily food. 16 If one of you says to them, “Go in peace; keep warm and well fed,” but does nothing about their physical needs, what good is it? 17 In the same way, faith by itself, if it is not accompanied by action, is dead.

ヤコブ書は、ごもっともなことが書かれています。信じていたら、行動が伴うはずだというのです。確かに、口では「私はクリスチャンなのよ、教会に行きましょう」とか言っていても、未信者であっても、それはクリスチャンらしくないというような行動をしていたら、どうでしょうか。。。その人の信仰は無いに等しいと、未信者でも判断できるのです。

★実=行い Fruit = Deed

私たちが、主と一つになるには、咀嚼が大切です。咀嚼の方法の一つに無くてはならないのは、「行い」です。私たちが神と愛の関係にあり、神の言葉、教えをいただいて、自分の一部になるならば、行動が変わるのです。それでこそ、キリストとあなたが一体化しているということなのです。だからこそ、パウロは、信者のことを小さいなキリストと呼んだのです。行いは、私たちの信仰の実です。

今週、少し考えてみましょう。私は、私の信じていることを行動に表せているか。吟味してみましょう。また、神の愛にとどまること、神のみ言葉にとどまること、たくさん食べて、自分の一部となることができますように。。。聞いたみ言葉を行動に移すことが成長の鍵です。


戻る