ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

ダビデのミクタム Psalm 16
2019-01-28
礼拝後、靴を脱ぎ捨てて遊ぶ子供...

礼拝後、靴を脱ぎ捨てて遊ぶ子供たち。。。最近は、小さい子が多くなって来て、またブロックでも遊んでいます。

2019年1月27日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ音声は、


詩篇16篇
ダビデのミクタム
1 神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。
2 私は、主に申し上げました。「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」
3 地にある聖徒たちには威厳があり、私の喜びはすべて、彼らの中にあります。4 ほかの神へ走った者の痛みは増し加わりましょう。私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、その名を口に唱えません。
5 主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。あなたは、私の受ける分を、堅く保っていてくださいます。6 測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。7 私は助言を下さった主をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。8 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

この詩は、ダビデの詩の中でも傑作品として知られている詩です。また、メシア詩篇ともいわれていて、イエス・キリストに関する預言であることでも有名です。今日は、このダビデの傑作から、今年一年、私たちもこうありたいというお話しをしたいと思います。

★ 身の避けどころ v1-3 I take refuge
1 神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。
2 私は、主に申し上げました。「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」3 地にある聖徒たちには威厳があり、私の喜びはすべて、彼らの中にあります。
 
ダビデは、その人生の中で幼い時から羊飼いをし、危険を感じたとき、一人で獣と戦う時に、いつでも逃げ込める避けどころを持っていました。それは、神様です。あなたには、危険を感じたときに逃げ込める場所がありますか?ここに行けば必ず守られてる。また、ダビデは、地にある聖徒たち、神に従う仲間たちを大変尊重していて、彼らの中に喜びを見出しています。信者たちのコミュニティほど、私たちの心を慰め励ますものはありませんね。


★ 他の神々 v4 other gods
4 ほかの神へ走った者の痛みは増し加わりましょう。私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、その名を口に唱えません。

二節では、ダビデにとっては、神様が全てであると言いました。神様こそ、ダビデの幸い、幸せの源であると。しかし、他の神々に行くものは痛みが増し加わるだけだと。神を信じるものにも、苦しみはあります。しかし、苦しむ者の避けどころは神です。
他の神々とは何でしょうか。私たちは、無神論者であっても必ず何かを信じて、信念をもって生きています。何かを信じないで人は生きて行けません。信じるものがあるからには、みな何かしらの神を心に持っています。
お金、人、地位、仕事、生活、でしょうか。あなたの神は何ですか。人を喜ばせることでしょうか。人との関係で波風を立たせないことが一番大事でしょうか。一番大事なものは何でしょうか。

★ 神がゆずりの地所 V5 the portion of my inheritance
5 主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。あなたは、私の受ける分を、堅く保っていてくださいます。5 O Lord, You are the portion of my inheritance and my cup; You maintain my lot. 

1) ダビデの経験。。。ダビデは、陣地を取ることに必死になっていた様子が聖書にありません。また、1サムエル26章にもあるように、実際に追って来るサウルに対して、あなたの土地を奪ったりするつもりはありませんと言っている。彼は実際に、陣地を広げたりとるよりも、神ご自身を自分のゆずりの地とすることをダビデは選びました。陣地とは、王としての地位、権力、財産、収入を直接に表すものですが、地上に属する陣地よりも、ダビデは、全ての源の神を選んで恥なかったのでした。

2) 土地や財産と言えば、モーセの時代に、民数記18:20で神は、神に仕えるレビ人に対しては、「私があなたがたの取り分であり相続財産である」"I am your portion and your inheritance" と約束されました。ダビデは、その約束を自分のものとして信じていました。ダビデは、王であり祭司でありましたから。

3) 私たちもキリストにあって「王である祭司」1ペテロ2:9 “しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださったかたのすばらしいみわざを、あなたがたがたが宣べ伝えるたるためなのです。
私たちも、ダビデのように、主ご自身を自分の財産、譲りの地、として生きることができますし、神のために奉仕する祭司にはそれが約束されているのです。キリストにあって、あなたは主を譲りの地として受けたのです!

★ 測り縄は落ちた V6 The line have fallen
6 測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。6 The lines have fallen to me in pleasant places; Yes, I have a good inheritance.

落ちた。。。と書いてありますね。これは、くじを引いて当たるように、自分の力でかせいだのではなくて、自分に当たった、あてがわれたという意味です。ヨシュアが約束の地で、12部族に土地を分ける時に、それぞれ測り綱をして土地を分けました。そして、それが代々その部族の土地となります。ダビデは、神に導かれて、神を自分の取り分として得た。自分の願った以上だというのです。
これは何を意味しているでしょうか。そうです、私たちの命、導き、今日ここにいること、人生、魂の救いが神にかかっているということです。私たちの力や努力によらないということです、それはたまたま、偶然のように感じるかもしれません。あなたは大きな宝くじに当たったかのようです。それは、恵みよるのです!

★ 私の心が私に教えるv7 My heart instruct me
7 私は助言を下さった主をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。7 I will bless the Lord who has given me counsel; My heart also instructs me in the night seasons.
ダビデの命の源は主の教えでした。詩篇一篇にもあるように、主の教えを昼も夜もくちづさみ瞑想するのです。すると、静まる時に、その教えがよみがえるのです。昔に覚えた暗証聖句が心に蘇ることがありませんか。夜にとありますが、暗闇にいるとき、苦難をのときに、主の言葉が心に湧き上がって私たちを養うのです。

★ 私はいつも私の主を私の前に v8 Set the Lord always before me
8 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。8 I have set the Lord always before me; Because He is at my right hand I shall not be moved. 
これが、ダビデの秘訣です。これは、イエス・キリストについての預言ともいわれている箇所です。

◎レネグディー{Renegdi}(の前に、相対するの意before, in opposite direction) suitable
ダビデは、私の前に常に主を置いたと言います。私のイメージでは、イエス様の後姿を見ながら日々、イエス様について行く感じだと思っていました。が、しかし、言語によると、なんと、イエス様の顔を私の顔の前に置くということだそうです。なんと、向き合っている形になります。衝撃でした。レネグディー(の前に、相対するの意)
ダビデは、いつも主と顔と顔とを合わせているという親密さを日々体験しているというのです。

◎またそれは、「主が私の右におられる」ことでもある。On the right side.
右は絶対的信頼を表します。私の右腕なんて、日本語でも言いますね。これは、実に親密な守られている関係をも示します。
結婚式の時に新婦の右を歩くのは父親です。父が絶対的に信頼できる守り手として今まで育て上げたからです。そして、新婦が結婚の宣言の後、新郎と会場を出る時には、新婦が新郎の右を歩きます。新婦は新郎にとって神のような絶対的な信頼できる伴侶となったという象徴であります。また、結婚も相対して生きて行くものであります。親密な中に、その力があります。夫婦が親密であるほど、互いに強くあることができ、またゆるぐことがありません。
ダビデは、神が右におられるので、私はゆるぐことがない。と自信を持つて言っています。それは、神と相対しており、確固たる信頼をしているからでした。

★9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

神とともにある人生は、心に喜び楽しみ、平安があり、たとい苦しむことがあっても必ず守られる。それは、永遠に続く、というのです。

今日は、16篇全体を読みました。いろいろと皆さんそれぞれに心に響いたところがあると思います。今週も、ダビデのように、またイエス様のように、神と向き合い、神を信頼し、神を選びながら、恵みのなかを歩んで行きましょう。


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