ホライズン日本人教会

Horizon Japanese Church

ザアカイ イエスに出会った人
2018-08-27
今月、八月のお誕生日を礼拝後に...

今月、八月のお誕生日を礼拝後にお祝いしましたー。
チーズケーキと、チョコタルト。
今回は、手作りではありませんーーー

おめでとうございます。なつこさ...

おめでとうございます。なつこさんとエリック。

2018年8月26日日曜日礼拝音声は、


先週は、イエス様に出会った姦淫の女のお話しでした。今週は、また、イエス様に出会って劇的に人生が変わった人、ザアカイのお話しから学んでいきたいと思います。
キリスト教は、あっという間に、ローマをキリスト教国家にするくらいに力がありました。その力は、どこにあったかというと、証しの力でした。一人ひとりの体験、トランスフォーメーションにありました。ザアカイもそのような変革を体験した人です。

ルカ19:1-10

それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。2 ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。3 彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群集のために見ることができなかった。4 それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。5 イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りてきなさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
6 ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。7 これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。8 ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」9 イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。
10 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」


★ザアカイという名前

名前というのは、不思議なものです。その人を表しています。どの国、どの文化であっても。。聖書の中でも、神様に出会って名前が変わった人もいます。私の例。
ザアカイという名前は、へブル後で、清い、純粋なClean; pureという意味です。彼は、このようになるべく生まれてきた人間だったのです。
あなたの名前には、どんな意味があるでしょうか。

★劣等感というモチベーション

それで、金持ちになった。しかし、友達がいなかった。お金だけが頼り。
彼は、当時統治されていたローマ帝国の取税人となり、関所でお金を同胞から大目に集めては自分のものにして財を増やしていた。すべて手に入れたように見えるが、一つ変わっていなかった。それは、
劣等感、「自分に何かが足りない」という感覚だった。清い生き方をする子になるようにと、親に育てられたが、劣等感が取税人にし、金持ちにした。

しかし、彼は孤独であった。

そこで、最近とみに噂のイエス様に興味を持った。
「自分に何かが足りない」が、世の誘惑、成功を引き寄せる原動力だと前に話しましたが、また、これも神様を求めるきっかけにもなります。あなたは、どちらを求めていますか。

注) 劣等感というモチベーションをかなぐりすてて、行動に移さなければ、イエス様に出会えなかった。

★いちぢく桑の木

◎登った…

宗教とは聖なる神様に出会おうとして必死で上へ上へ自分の力で登ることと、いつも説明しています。

ザアカイも、イエス様を一目見ようと木に登りました。宗教者の中でも人のお金をくすめていたので、鼻つまみ者であったが、高いところに向かった。
私たちも、みんな何かしらの努力をして上に行って、神様を味わいたい、イエス様に出会いたいと思って教会に来、聖書を読もうとしたり、聖書の教えに従おうとしたのではないでしょうか。それがあっての、今、ではないでしょうか。

◎降りた…

ザアカイは、イエス様に声を個人的にかけられました。どんなにか嬉しかったことでしょうか。「君の家に泊まることにしてあるよ」と言われたのです。みなさん、イエス魔は、すでにあなたを選んでおいでになるのです!

ザアカイは、イエス様に会うために木を降りました。

私たちは、本当にイエス様に出会うためには、木の上にいては、高いところにいては会えないのです。

① 自分の力で上り詰めた、その場所から降りなければならない。
  ザアカイの場合は、富であったろう。自分のプライド、努力、頑張り。また、他にも、宗教。自分のやり方、伝統、しきたり。仕事。

② イエス様の低さまで降りなければ、決してイエス様が分からない。

  ---- イエス様の七下りピリピ書2:6-12

6キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、
8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまで従われました。9 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、11 すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。12 そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。

低いところに下らなければ、イエス様が分からない。謙り、しっかり神に従ってみなければ、喜びは得られない。イエス様も、その喜びのために働いたのです。

ですから、ここに、「自分の救いの達成のために努めなさい。」と、あります。これは、行いによって救われるというのとは、違います。救われたのですから、イエス様さえも低いところに自分から、私たちの救いの達成のために下ったのですから、高いところにいることばかりを考えずに、地道に神の道を従って行きなさいというのです。

神に従うことは、決して容易なことではありません。もちろん、助け主聖霊様が助けてくださいますが、私たちは、日々自分を捨てなければ、神に従うことはできないのです。従わなければ、従った人にしか、分からない喜びが味わえないのです。

さて、木を下って行ったザアカイは、どうなったでしょうか。
★悔い改めの実

キリスト教は、何によって信者とするかといえば、キリストに出会った喜びによって人生が変わる、そして、行動が変わることです。
キリスト教が力をもって増え広がったのは、この「変えられた人たちの行動」によってでした。

v8 ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」But Zacchaeus stood up and said to the Lord, “Look, Lord! Here and now I give half of my possessions to the poor, and if I have cheated anybody out of anything, I will pay back four times the amount.”

ザアカイは、イエス様に出会って、今までの生き方を捨てる決心をしました。その証しとして、財産の半分を貧しい人に施し、そして、今まで人からだまし取ってきたものは、四倍にして返すというのです。ちょっと話を聞いてみたら、これは、赤字になるのでは? と思いませんか。今まで、お金が友達。悪いことをしてまでも、人に嫌われてまでも、人からお金だまし取っていた。それで、自分の劣等感を少しでも、感じなくさせるように。。
彼の、後の人生は、真逆の人生になりました。償いの人生とでもいえましょうか。赤字でも、人にずっと返していく人生を選んだのです。決して楽なことではありません。しかし、それが、イエス様に出会って、変えられた人生なのです。遠回りでも、損でも、赤字でも、イエス様に従って、真っ当な生き方を毎日選んで行くという生き方に変えられました。

●ここにまだキリストに出会っていない人がいるならば、必ずあなたは主に見つけられますから、木に登ってください。聖書を読む、祈ってみる、教会に行ってみるでもいいではないですか。必ず、あなたは、イエス様に見つけられます。
そして、低いところに降りることをいとわないで。
イエス様に出会った喜びをもって、今までと違う行動をしましょう。


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